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少年海援隊設立構想


なぜ、始めようと思ったか。

《夢を追いかけた青春時代》

私は高校1年生のころ、ヨットで南太平洋を巡るという夢を仲間と思い立ち、地元のヨットオーナーに初めてヨットに乗せていただきましたが、その時の感動は忘れません。

それから、アルバイトをして、不知火海や有明海でヨットの操船を学び、高校卒業後、兵庫県のヨット製作所に就職して、造船技術を学び、お金を貯め、ヨットを自作して、25歳の時に、1年間の太平洋周航の旅に出ました。この夢を思い立って実現するまでの10年間、多くの困難と苦悩がありましたが、今では何にも代え難い大切な経験でした。また太平洋周航の1年間は旅先で出会った人たちの人間愛に触れたり、大自然の偉大さを思い知らされました。そして、日本に帰り、家庭を持ち、社会に揉まれ、3人の子供達がすくすくと育ち、巣立って行きました。

私は、夢を追いかけることの困難とすばらしさ。また平凡に家庭を守っていくことの大変さと喜びを知りました。ただ、どんなに価値観が違っても、そのどちらにも必要なのは「生きる力」なのです。

今、私にも孫ができて、さらに子供達や孫達の未来の日本、また世界がより良い社会であることを願って止みません。
しかし、現在、日本の子供達を取り巻く環境には「生きる力」を育む場が無いような気がします。

そのために、立ち上がろうと決意しました。自分の力は限られたものと思いますが、いくらかでも子供達の「生きる力」を鍛えられる場を与えられたら、また一人でも多くの子供達が巣立っていき、より良い社会を形成するおとなになることを祈って、これからの人生を生きて行きたいと思っております。

《少年海援隊》


この少年海援隊という名称は、幕末、坂本竜馬が作った海援隊(亀山社中)を思って名付けました。脱藩した若者や時代を憂う若者が日本という国を支えるべく、操船技術を学び、明治維新後の日本に巣立って行きました。そのような志を持った若者になって欲しいという気持ちと、文字通り、少年達を海が援けるという意味です。

私は何も厳しく教えるつもりはありません。人としての礼儀やマナー、環境へのルールは最低限教え、厳しさや優しさは、海や、山や、自然が子供達に教えてくれます。


《今、日本中に》


今、全国各地のヨットハーバーに桟橋につながれたままのヨットがたくさんあります。そのヨットを甦らせて、健全な青少年を育む場として活用していきたいと願っています。


《最後に》


私は、この国「日本」を愛しています。
こんなことを書くと、愛国主義とか民族優越主義と言われますが、そんなことではなく、今までの日本の歴史(教わってこなかった日本近代史を含め)を知れば知るほど、このすばらしい国を次の世代の人たちに繋ぐことが私達の使命であると考えています。
この国の将来を担うのは、若者達であり、子供達である訳ですから、我々が健全な精神や健康な肉体を育む時間と場所を提供しなければなりません。微力ながら志を立てて実行して参ります。



                                               
少年海援隊  安樂英行




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